<今月の禅語>     〜朝日カルチャー「禅語教室」より〜


   百花為誰開  (碧厳録)

     百花(ひゃっか)(た)が為に開く



 中国宋代・雪峰義存禅師の説法のことばに対して、雪竇重顕禅師頌偈

〈漢詩形式で禅門ではこの詩の中に禅の宗旨を込め、或は仏法、仏徳を讃える〉

で応えた「百花春至為誰開く」の一節である。春ともなれば梅桃桜菜の花蓮華等

など、一斉に花々が咲き誇る。その花々はいったい誰の為に開くのでしょうか。

 いったいなんの為に香りを放って咲くのでしょうか。禅師方の深い境地での

禅旨のやり取りはさておいて、ここでは変に理屈をこねるより、字義通りに解釈

しそのままに味わっても味わい深い言葉である。


 ある年の春の夕暮れ、檀用から戻ったところ本堂の縁側に

ぽっんと腰をかけて高校生らしき女の子が、なにやらもの

想いに耽ったようすである。「こんにちは」と声をかけると

彼女はぴょこんと頭を下げたがなぜか元気がなさそうだった。

 「どうしたの?」「いえ、別に・・・」「ああ、そう」と

行き過ぎようとしたら、いきなり「和尚さん、人はなんの

ために生きるんですか?」という質問が飛んできた。

 「おいおい、それって、ちょっと重い質問だぜ。俺だって

この年になるまで、それを見つけるために生きてきたよう

ことかもしれない。正直言ってどぎっとして答えはまだ

出してなかったよ」といきなりの質問に内心はあわてた。

 だが、和尚として何か応えないわけにはいかない。仕方なくとりあえず

「人は世のため、人のため、社会の為に役立つための指名があるんだよ。

 人はその使命を果たすために生きるうじゃないのかね」といいながら、何と

建前的でぷんぷんとうそ臭さの匂うことをいっているなぁと思いながらの返答

をしてしまった。すると彼女はすかさず「世の中って何?役立つってどういう

こと?使命って何ん?」と二の矢、三の矢である。矢を打たれる私はたまら

ない。「ちょっと待ってよ。そういう素朴な質問ってのも結構重いもんだよ」

と焦ったものである。「人はなぜ生きるのか」という女学生の問いかけは、

素朴ながらも人間誰もが持つ人生の命題なのかも知れない。

 「人は何処から生まれ、何処へ行くのか」

「自分はなぜじぶんなのか」という人生の

命題を人はどう解決し、どう答えを出して

生きているのだろうか。

 攻撃は最大の防御である。幸い時期は

春爛漫、百花の春である。

本堂前にはつつじ、ボタンがいっぱいに咲いていた。「ほら、あの花きれい

でしょ。あのボタン、今を盛りに咲いているけど「あの花はいったい誰の

ために咲くのかなぁ?」と私は反転攻勢に転じた。女学生は「花は人に

見せて喜ばせるため?いや、蝶や蜂をひきつけて花粉を受粉させ実を結ぶ、

種の保存のためじゃないですか。」とのまともな返事である。

 今度は私が二の矢を放つ番だ。「じゃ、人の誰も見ていない山奥に咲く

花もあるよ。蝶や蜜蜂の飛ばない冬の花もあるし、夜しか咲かない花もある

じゃないか?」もう女学生は考えるのも面倒くさいとばかりに「わかんなー

ぁい」とギブアップである。


 「花はなぜ、なんの為に咲くのか」には

いろいろ科学的理屈づけは出来るかも知れ

ないが、けっきょく花は誰かのためとか、

なんの為に言うことでなく、花は咲く季節、

気温、日照りの具合など条件が整えば咲く

仕組みが出来ているのである。

その因縁や条件を失えば花は咲かないし、因縁や条件を失えば散っていくのだ。

人間もやはり大自然の中にいる生物のひとつであり、「人はなぜ生きるのか?」

ということに対して、いろいろ理屈づけははあるでしょうが、大自然の仕組み

の中、自然の働きの中で命が与えられ、様々な縁によるめぐり合わせられた

環境の中で生かされているのである。その命のもとはといえば神なり、仏なり、

大自然そのものからである。更に、生きながら新たな因縁にめぐり合わせられ、

新たな環境や条件の中で人間社会を構成する一員として生きているのがわた

した地なのである。宗教的ことばで言えば「大自然の働きの中、神仏の御意思、

大宇宙の法則」の中で生かされているのである。だから、私たちにとって大切な

ことは、なぜ生きるかでなくどう生きるかである。与えられた命、与えられた

環境与えられた縁をより生かし、新たな縁を結びながら学び、才能を高めたり、

深めたり自分自身の自覚と努力次第ではどんな生き方でも出来るのだ。

 「夢と希望の種を蒔いて御覧なさいよ」と女学生を励ました。百花為誰開」

の語は禅者が放った人生の命題への問いかけなのだ。

 その後の承福寺の伝道掲示板

   花はなぜ美しいか

   ひとすじの気持ちで咲いているからだ 


 という八木重吉の詩を書き出した。




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